アゴラ・エネギーヴェンデ事務局長 パトリック・グライヒェン博士への日経インタビューについて

菅首相の所信表明「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す(2020年10月26日)」以降、メディア各社の脱炭素社会関連の記事が急増しています。2021年1月12日の日経新聞 参考1) には、アゴラ・エネギーヴェンデ事務局長 参考2) パトリック・グライヒェン博士(Dr. Patrick Graichen)へのインタビュー記事が掲載されています。同氏は、ドイツ連邦の環境・エネルギー政策の責任者を務めた方です。この記事に私は勇気づけられました。なぜなら、当webで私が主張し続けていることと基本的に同じ内容だったからです。

グライヒェン博士の主張のポイントは、①風力発電と太陽光発電を1次エネルギーの主力とする、②再生可能エネルギーで全エネルギー需要を賄う、③エネルギーの電化シフト(電気自動車化やヒートポンプによる冷暖房と給湯)でエネルギーの効率化を計る、④水素の利用は化学分野や鉄鋼など電化が難しい用途および日射量不足や風が吹かない時のバックアップ用、です。 

エネルギーの全需要は再生可能エネルギーで100%賄える

世界の再生可能エネルギーの分野で急速に伸びているのは風力発電と太陽光発電の2つです。この2つの発電方式は、資源が豊富かつコストも火力発電なとと比べても遜色ないレベルに低下して来ています。したがって、これらの再生可能エネルギーを1次エネルギーの主力にするのが妥当です。再生可能エネルギーの導入を拡大し、電力の再エネの比率を高めて行きます。一方で、自動車などの移動手段、冷暖房、給湯などあらゆるエネルギーを電力にシフトして行きます。これを「電化」と言います。こうすることで二酸化炭素の排出量の削減とエネルギーの効率化が同時に実現できます。

当webでは、「日本としてRE100電力とカーボンニュートラルを達成する計画」のタイトルにて、RE100(再生可能エネルギー100%)で日本をカーボンニュートラルにする案を既に提示しています。日本は地熱資源が豊富なことから地熱発電も出来る限り取り込んでいます。太陽光発電に関しては、食料自給の問題を懸念して控えめの数値としていますが、提示案よりまだ伸ばす余地はあると考えています。

電化の必要性に関しては、「日本のカーボンニュートラル案を創る」、「電力の効率的な使用方法」、「蓄熱式ヒートポンプ・システムについて」「二酸化炭素CO2排出量の少ない車は?(地球温暖化に対してどの車が良いのか?)」などの記事に記載しています。前の3つの記事ではカルノーサイクル/逆カルノーサイクルが原理のヒートポンプの省エネ性を強調しています。4つ目の記事で、電気自動車、ハイブリッド車などを取り上げ、どの車が最も効率的かを示しています。

再生可能エネルギーの価格は高くない

ドイツでは、技術の進展により、風力発電や太陽光発電のコストは5-6€セント(6.3-7.6円/kWh)になっているとのこと。低コスト化の鍵は、①定価格買い取り制度(FIT)、②再生可能エネルギーの電力網への優先的アクセスの保証、および③発送電の分離と言われている。日本は、①固定価格買い取り制度(いわゆるFIT制度)は採用しているものの、国内の再生可能エネルギーのコスト調査研究でも、②再生可能エネルギーの電力網への優先的アクセスの保証および③発送電の分離が無い(または、不十分)との指摘を受けている。したがって、今後の発電コストは政府の政策や運用にかかっていると考えています

数年前のお話ですが、私の経験談をお話致します。EPC業者から太陽光発電の機器代も建設費もべらぼうに高い見積もり(20年間運用しても利益が一切出ない)が提示されました。そのため、国内外のコストを徹底的に調査しました。太陽電池パネル、パワコン(DCからACに変換する装置)、電池パネルを載せる架台、工事費などに分解してコスト分析をしました。そのデータをもって、さらに、最悪、部品や装置は海外から輸入すると腹をくくり、EPC業者との価格交渉に臨み、最終的にはリーズナブルな価格を勝ち取ることができました。

今でも建設費が高いと聞こえて来ます。太陽電池パネルを載せる架台の構造に関しては、台風や積雪などへの備えのため、架台や工事が多少重厚なものとなるものと推定されます。一方、今や、日本の人件費は先進国で一番安いクラスであるので労務費に関しては相当低いはずです。それでも建設費が諸外国に比べて高コストとされています。私の考えでは、建設業界は国際競争から免れていたため、業務の効率化が進んでない、また、商習慣の問題があると見ています。何れにしても、この建設費が高い問題は再生可能エネルギーの拡大に伴い、解決されるべき課題です。

電力の安定供給の問題もない

グライヒェン博士によると、ドイツでは、電力の安定供給の問題はないと言い切っています。一方、日本の再生可能エネルギーの割合は2019年度で18%と先進の国の半分以下にも拘らず、安定供給や停電に関する想定される懸念は多く出されています。EU地区は系統が国を跨ぐメッシュ状だが日本は南北に長く広がっている、電力の需要地と再生可能エネルギーの発電適地との距離が長い、風力発電や太陽光発電など一部の再エネは発電量が季節や天候に左右されるなどで安定性や調整力の確保が必要等々。風力発電や太陽光発電は発電量が変動するのが常識です、また、日本で大きなウエートを占める太陽光発電より風力発電の方が設備稼働率が高く、安定な電源と言えるでしょう。地熱発電は発電方式の中で一番安定した電源です。したがって、複数の発電方式を採用するのも安定化に寄与します

変動する再生可能エネルギーを活用するには広い地域の電力網を繋ぐ連系で変動を平均化し抑えるのと電力の需要地と発電適地を結ぶ系統連系が必要でしょう。再生可能エネルギーが約50%を超えて来たら、蓄電池や水素燃料をバックアップに使う検討が必要となるものと推定されます。私は、系統連系には、北海道から九州を繋ぐ、日本系統連系ハイウエーを提案します。技術に関しては問題ないと考えています。実際、オーストラリアのダーウィンから高圧直流(HVDC)海底送電ケーブルを通じて、3711km離れたシンガポールに供給される計画 3)が進んでいる。蓄電池に関しては、連系の拠点に蓄電池を設置に加えて、低コスト化のために電動化自動車の蓄電池の活用などに取り組むべきと考えています。

風力発電と太陽光発電の統合コストの試算例

Agora EnergiewendeのDimitri Pescia氏が議論の的になるであろう「統合コスト」の試算 参考4)をしてくれています。「統合コスト」とは、風力発電と太陽光発電の発電の導入に伴う、グリッドの強化、バランス調整、変動性など、追加のシステムコストを言います。

Pescia氏の「統合コスト」の試算の結果は、以下の通りで、問題にならないレベルに抑えることができると主張しています。
・2030年、再生可能エネルギー45%以上の時 約1.5円/ kWh
・2035年、再生可能エネルギー約66%の時   2¥/ kWh

参考資料
1)日経新聞の記事
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF285NF0Y0A221C2000000

2)シンクタンク Agora Energiewende
https://www.agora-energiewende.de/en/publications/

3)オーストラリアで発電し、シンガポールに送電する世界最大の太陽光発電所が進行中
https://news.yahoo.co.jp/articles/19cd5c517bb1dfbd82e6f3041488378ba0e89393

4)Minimizing the cost of integrating wind and solar power in Japan
https://www.agora-energiewende.de/en/publications/minimizing-the-cost-of-integrating-wind-and-solar-power-in-japan/