グリーン水素(Green Hydrogen)に未来はあるか?

まとめ
◇再生可能エネルギーなどで発電した電気を水素H2に変えて、再度、電気に戻すのは効率的ではありません
◇余剰電力を世界規模で取引する手段に、水素H2を使うことはあり得る
◇グリーン水素は、コストの点では天然ガスなどには勝てない。水素社会を実現するには、二酸化炭素CO2の排出に炭素税などを課すなどの政策が必須と考える

 水素H2は燃焼しても温室効果ガス(GHG)である二酸化炭素CO2の排出が全くなく、完全燃焼させれば水蒸気しか出てこないクリーンなエネルギーです。そのため、水素H2を主要なエネルギーとする水素社会の到来が期待されています。今回は再生可能エネルギーなどで創られた水素H2(グリーン水素:Green Hydrogen)がテーマです。

なぜグリーン水素H2か?

 経済産業省は「我が国のエネルギー需給を巡る構造的課題 」1)の中で水素H2を取り上げています。第一番目に、日本のエネルギーの自給率は低く、エネルギーセキュリティーが課題としている。一次エネルギーの約94%を輸入している。自動車は、98%が石油系燃料を使用し、その約87%を中東に依存している。結果として、日本のエネルギー自給率は6~7%程度と経済協力開発機構(OECD)34ヶ国中2番目に低い水準となっている。第二番目の課題は、CO2排出の制約である。 二酸化炭素CO2の削減目標を、2030年度までに2013年度比26%減、更に、パリ協定を踏まえ、2050年までに80%減とすためには、温室効果ガス(GHG)の排出を伴わないクリーンなエネルギーが必要との理由である。

 2017年の統計2)によると、日本の二酸化炭素CO2の総排出量の41%が発電所等のエネルギー転換部門 および同17%がモビリティ (輸送部門)となっています。ゆえに、発電と輸送の2部門をターゲットにするのは理にかなっています。

 国内で太陽光発電や風力発電を行うとエネルギー自給率が改善されます。したがい、再生可能エネルギーの拡大を推進すべきと考えます。しかし、日本は国土が狭い、人口が多くエネルギーの需要は大きい、更に、気象条件や地形学的な状況を勘案すると、再生可能エネルギー資源は限られ、電力の一部を賄うことしか出来ないと推定される。一方、オーストラリアは、再生可能エネルギー資源にも恵まれた国である。同国から、再生可能エネルギーから創られたグリーン水素H2を輸入すれば、一次エネルギー供給先の分散化と温室効果ガス(GHG)である二酸化炭素CO2の削減の両方に役立つと考えられる。

水素の分子模型 by MolView
水素原子(白球)が2つ繋がる

グリーン水素H2の課題

 現状、電力から水素H2を創り、蓄え、再度、電力に戻すのは、エネルギー効率の点から好ましくありません。電力エネルギーから水素H2を創ると、水素H2から取り出せるエネルギー(燃焼エネルギー)は70%に減少します。更に、水素H2から電力に戻す場合、通常の大型発電機で45%程度、小型の最高効率の燃料電池でも52%しか電気エネルギーに変えられません。したがい、電気から水素H2を創り、貯めて、必要な時に電気に変えるサイクル効率は、32%ないし36%になります(元の電気エネルギーの約三分の一)。このような状況なため、電力から水素H2へ転換する効率(ηE-H)の改善と燃料電池の発電効率(ηH-E)の改善の研究が精力的に行われています。目標値としては、ηE-H:90%、ηH-E:65%が妥当と推定されます。この場合でも、電気に戻されるエネルギーは、ηE-H:90%xηH-E:65%=59%(サイクル効率)しかなりません。しかし、競合する電池などを用いた電力貯蔵システムのサイクル効率は、ほとんどが80%を超し、90%台のものもあります。したがって、電力の短時間の需給調整にグリーン水素H2を使うのは難しいと考えられます。

 グリーン水素H2は、燃焼時に温室効果ガス(GHG)を排出しない特徴がありますが、一次エネルギーとしては、化石燃料の天然ガス、石油などと競合します。この点ではコスト競争力が非常に重要です。ここでは、電気からグリーン水素H2に変える場合の効率ηE-Hとコストの2点に注目しました

グリーン水素H2生成の方法と効率化

 電気から水素を創る方法 3)としては、水に電気を流し、電気分解して水素H2と酸素O2に分離する水電解が一般的である。水に導電性のカリウムイオンなどを溶かしたアルカリ水電解法が従来から使われています。通常の燃料電池は水素H2と酸素O2から水を生成することで発電していますが、これを逆にする、つまり、電極間に電力を印加し、水を水素H2と酸素O2に分解して取り出す固体高分子形(PEM)水電解法も水電解法の1つです。

  水は2000℃以上の高温にすると水素と酸素に熱分解します。 水にヨウ素と酸化硫黄を添加し、反応させて反応温度を下げる方法(ISサイクルと言う)も検討されている。熱源として原子力発電の排熱の活用が検討されていましたが、3.11東日本大震災以降はトーンダウンしています。欧米では、太陽光集光装置(ヘリオスタット)を活用することが検討されている。

アルカリ水電解法と固体高分子形水電解法 出典:NEDO資料3)

 国内のアル カリ水電解法のエネルギー効率は、実証試験の結果では、71.4%が最高で、他は60%台と低くなっている。国の関係機関も、各種資料では70%程度のエネルギー効率を想定しているようです。その一方、ドイツのELT社は大規模機で81.8%(小規模機で90.1%)の効率を出している。両者の差は10%と大きいので違いの秘密を知りたくなります。

表1 アル カリ水電解法のエネルギー効率 4)
①宮城実証試験 2019年  61.1% (HHV計算値)
②想定電解効率 2014年 70%
③相模原水素ステーション 2005年 実証試験 71.4 % 
④まとめデータ 2013年 54.7-79%
⑤ELT社 大型(ドイツ) 2011年 76.4-81.8(HHV計算値)
⑥ELT社 小型(ドイツ) 2011年 83.3-90.1(HHV計算値)
⑦検討の前提 2010年  48.0 -62.9% (HHV計算値) 

 固体高分子形(PEM)水電解のエネルギー効率は、小規模あるいは実験段階のものであるが、最低でも78.7%で最高では95.1%となっている。この数値はアルカリ水電解法の値より、10-20%高い値となっている(ELT社を除く)。国の想定エネルギー効率も80%台と推定される。しかし、PEM法は触媒電極に貴金属を用いる、電極の消耗などのため、追加のコストの問題もあります

表2 固体高分子形(PEM)水電解のエネルギー効率 5)
①東芝 2018年 電圧効率が10%改善、7,000hrでも約80%を維持
②東大、宮崎大 2015年 78.7%
③NEDO資料 2013年 71.1-54.7%  (HHV 計算値) 
④本田技研 小型 2008年  95.1 
⑤WE-NET(高松) 2008年 90.6
⑥電力中研 2003年 電解効率82.6%と仮定

グリーン水素H2のコスト競争力

 NEDOは水素基本戦略のシナリオ (平成29年)で水素H2のターゲットコスト 1)を示している。それによると、ステーション渡しの価格は2030年:30円/Nm3、CO2フリー水素 (褐炭×CCS、再エネ活用) 20円/Nm3 としている

 電力中研がグリーン水素H2のコスト試算 6)を行っている。水素生産能力:32,000Nm3/h、設備稼働率:90%、償却費用:プラント建設費x0.1/年、固体高分子形(PEM)水電解のエネルギー効率:82.6%の条件下でのコスト分析を行っている。電力単価:5円/kWhの時、変動費22.16円/m3、固定費3.12円/m3、一般費1.21円/m3の計26.49円/m3となっている。変動費22.16円の内、電力費が21.41円で97%を占めるため、グリーン水素H2の生成コストは、ほぼ電力費と考えて良い。また、グリーン水素H2を輸送するにも追加のコストが必要となる。水素の液化(液体水素)に約17.5円/Nm3および輸送費に6.0円~17.5円/Nm3(同一圏6.0円、近隣圏10.0、遠隔地17.5円)が加算される。以上から、グリーン水素H2のコストは、生成:26.49円/Nm3と輸送関連で35.0円/Nm3の計61.5円/Nm3となり、NEDO想定価格の約3倍となっている。電力単価5円/kWhを半分にしても10円程度下がるだけでターゲットには到底届きそうにない。水素H2は、天然ガスなどに比べると沸点が約90℃も低く、液化し難く、コストが増えている。そこで、グリーン水素H2をギ酸、アンモニア、トルエン系有機ハイドライドなどに変えて輸送システムも検討されてはいる。

 NEDOでは褐炭水素プロジェクト 7)も推進している。褐炭とは、水分や不純物などを多く含む、低い品質の石炭で、現在、使い道がなく、未使用資源となっている。この褐炭を酸素および水と反応させて水素H2を取り出す検討が行われている。この方法では石炭を燃焼することになるので、当然、温室効果ガス(GHG)である二酸化炭素CO2が発生する。排出されたCO2を回収して地中に埋め、保管する、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage=二酸化炭素回収・貯留)技術を採用するとしている。褐炭が大量に存在しているオーストラリアと協力してこのプロジェクトを進めている。褐炭から創られた水素をグリーン水素H2として扱うかは議論になると思われる

 オーストラリアと東京間の直線距離は約6,800kmです。オーストラリアで風力や太陽光発電所で発電し、日本に送電出来れば、グリーン水素H2は不要となります。しかし、50kmといった距離でも海底ケーブルを通して送電することは、送電中に電力ロスの大きい交流では不可能 8)とのこと。直流であれば2,000kmでも、技術的に無理なく送電出来るとことなので直流送電技術の発展に期待したい。7,000km規模の電力の送電が技術的に無理なら、余剰の再生可能エネルギーを水素等に変換して、輸送して必要な場所で一次エネルギーとして使うしかない。しかし、グリーン水素H2のコストは、化石燃料には勝てないと考えられる。ゆえに、二酸化炭素CO2の削減の推進には、グリーン水素H2と化石燃料のコスト差を埋め合わす、炭素税導入などのカーボンプライシングの政策が必須であろう

参考資料
1)https://www.meti.go.jp/press/2017/12/20171226002/20171226002-1.pdf

https://www.meti.go.jp/press/2017/12/20171226002/20171226002-2.pdf

2)https://www.jccca.org/chart/chart04_04.html

3)https://www.nedo.go.jp/content/100639759.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E7%94%9F%E6%88%90%E6%96%B9%E6%B3%95%27
4)表1 アル カリ水電解法のエネルギー効率
https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/731353.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E6%B0%B4%E9%9B%BB%E8%A7%A3+%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8A%B9%E7%8E%87%27
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/072/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/08/12/1350323_02_1.pdf
http://www.jari.or.jp/Portals/0/jhfc/data/seminor/fy2005/pdf/04_h17seminar.pdf
https://www.nedo.go.jp/content/100639759.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E7%94%9F%E6%88%90%E6%96%B9%E6%B3%95%27

http://www.hess.jp/Search/data/36-01-011.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E6%B0%B4%E9%9B%BB%E8%A7%A3+%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8A%B9%E7%8E%87%27

http://elektrolyse.de/wordpress/?page_id=36
http://www.jser.gr.jp/journal/journal_pdf/2010/journal201011_4.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E6%B0%B4%E9%9B%BB%E8%A7%A3+%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8A%B9%E7%8E%87%27

5)表2 固体高分子形(PEM)水電解のエネルギー効率
https://www.toshiba.co.jp/tech/review/2018/03/73_03pdf/a03.pdf

http://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press//data/20150917_sugiyama.pdf
https://www.nedo.go.jp/content/100639759.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E7%94%9F%E6%88%90%E6%96%B9%E6%B3%95%27

http://www.hess.jp/Search/data/36-01-011.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+%E6%B0%B4%E9%9B%BB%E8%A7%A3+%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8A%B9%E7%8E%87%27

6)https://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/T02039.html

7)https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/016_01_001.pdf#search=%27%E6%B0%B4%E7%B4%A0+水+%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8A%B9%E7%8E%87%27水素・燃料電池戦略ロードマップ

8)https://www.toshiba-clip.com/detail/4794